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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)1274号 判決

原告 平石博

右訴訟代理人弁護士 有松祐夫

被告 野村証券投資信託販売株式会社

右代表者代表取締役 中山二郎

右訴訟代理人弁護士 山口源一

右復代理人弁護士 服部猛夫

同 加藤保三

主文

被告は原告に対し、別紙目録記載の投資信託受益証券を受取るのと引換えに、金二四九万二一六七円およびこれに対する昭和四〇年二月二七日より完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、請求の原因

一、訴外岡田田鶴(以下田鶴という)は、別紙目録記載(一)(二)(三)の投資信託受益証券(以下本件証券という)を所持し、本件証券の権利者であった。即ち

(1)  別紙目録(一)の証券については、被告会社が第一三四回の投資信託として、昭和三八年一〇月上旬から一ヶ月間にわたって募集を行い、その頃田鶴は当時被告会社の職員であった金森茂に対し申込みをなし、申込証拠金領収証の交付を受けた。その後同年一二月上旬に本券が発行され、昭和三九年一月五日頃、田鶴は被告会社より別紙目録(一)の証券の交付を受けたものである。

(2)  別紙目録(二)(三)の証券については、昭和三八年頃、前記金森から交付を受けたものである。

二、原告は田鶴に対し

(1)  昭和三八年六月ごろ新幹線名古屋駅内ショッピングセンターの営業権取得の資金として二五〇万円を貸しつけ、さらに昭和三七年末ごろから三八年末ごろにかけて一〇数回にわたり一〇万円ないし一五万円づつ貸しつけ、同年一二月三〇日田鶴との間で右金員およびこれに対する利息とを合算した計五六二万円をもって新たに貸借の目的とする旨約した。

(2)  その旨、田鶴は栄産業株式会社からも借金して、右会社に本件証券ならびにその他の有価証券を質入れしていた。

(3)  昭和三九年一月下旬頃、原告と田鶴との間で、原告が田鶴のために右質物の受戻費用を立替えて右有価証券を受け戻し、これをもって原告の田鶴に対する前記貸金債権の一部の弁済に代える旨を約した。そして原告から受戻しを依頼されて代理権を授与された訴外大和多助が右の約定に基き、栄産業の従業員稲垣幸男に対し、同年一月三〇日に一八五万円、同年二月四日に六八万円合計二五三万円(内、本券証券分としては一八六万円)を支払って、本件証券ならびにその他の証券を右会社より受戻した。そして原告は現在本件証券を所持している。

三、(1) したがって原告は本件証券上の権利を適法に承継取得したものである。

(2) 仮に田鶴が本件証券の無権利者であるとしても、原告は、前記二の各事実のとおり本件証券を取引によってその占有を取得したから、結局本件証券上の権利を善意取得したものである。

四、本件証券の約款三六条によれば「信託委託者の指定する証券会社は、受益者の請求があるときは、その受益証券を買い取る」旨定められているにかかわらず、被告は原告が本訴提起前になした本件各証券の買取請求に応じない。そこで原告は本訴をもって改めて買取請求の意思表示をなし、右訴状は昭和四〇年二月二六日に被告に送達された。したがって、右送達の日である昭和四〇年二月二六日に原被告間に本件各証券につき売買契約が成立したものである。そして右約款三六条所定の計算にしたがえば、右買受代金は合計二三七万一〇四二円である。更に本件証券中、別紙目録(一)の証券については昭和三九年一一月二五日、年利率五%、同目録(二)の証券は四〇年二月七日、年利率四%、同目録(三)の証券は三九年八月二六日年利率五%の各配当がなされ、税金を控除すると配当金総額は一二万一、一二五円になる。

よって、原告は被告に対し右約款に基き本件証券の買受代金ならびに配当金、合計二四九万二、一六七円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四〇年二月二七日より完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する認否

一、請求原因第一項中、田鶴が本件証券を所持するに至った各事実は認めるが、本件証券の権利者であったことは否認する(後記第四の一参照)

二、請求原因第二項中(3)の原告が現在本件証券を所持していることは認めるが、その余の事実は知らない。

三、請求原因第三項(1)については田鶴は本件証券を後記第四の一のとおりの経過によって取得したから無権利者である。無権利者から取得したという原告も無権利者である。

(2)の善意取得の点は争う。

四、請求原因第四項中、原告主張の日における本件証券の買受代金が二三七万一、〇四二円であること、また、配当期日、配当率および配当金総額が原告主張どうりであることを認めるが、その余は争う。

第四、被告の抗弁

一、約款三六条三項に基く抗弁

(1)  本件証券のうち別紙目録(一)の証券は訴外岡田田鶴が被告会社から買受け同会社に保護預りにしておいたものである。右岡田は右証券の預り証を既に他人に交付して所持していないにも拘らず、当時被告会社の職員であった金森茂に対し「預り証はすぐ返すから受益証券を渡して欲しい」と申向けて右受益証券の交付をうけてこれを詐取したものである。それ故訴外王子商事株式会社に質入れしてこれを所持していないにも拘らず、前記被告は預り証の呈示を受けた者に対しても責任を負うことになり、投資信託約款三六条三項の「その他止むを得ない事情があるとき」に該当する。したがって、被告会社は右受益証券を買い取ることができない。

(2)  別紙目録(二)、(三)の証券は、被告会社が他の顧客より預り保管中のものを田鶴が前記職員金森茂に対し「直ぐに返すから」と申し向けて(1)と同様に被告会社より詐取したものである。それ故、被告会社は、前期顧客に対しても責任を負うことになり、これまた投資信託約款三六条三項に該当し、したがって被告会社は右受益証券を買い取ることができない。

二、悪意の抗弁

原告は、田鶴が本件証券を被告会社より詐取した無権利者であることを知って、これを取得したものである。

即ち原告は、昭和三九年一月一五日頃金森茂から、また同年一月二七日、二八日、三一日頃、被告会社名古屋支社長訴外玉置玄一から前記詐取の事情を聞知している。

第五、抗弁に対する認否

一、抗弁第一項は知らない。

二、抗弁第二項は否認する。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

一、本件各証券を原告が取得するに至った経過

(一)  別紙目録(一)ないし(三)の投資信託受益証券(以下本件証券という)を原告が取得する以前は訴外岡田田鶴(以下田鶴という)が所持していたことは当事者間に争いがない。原告が田鶴から本件各証券の交付を受けるに至った経過については、原告は請求原因二記載のとおりであると主張する。そして原告の右主張事実は、≪証拠省略≫を総合してこれを認めるに十分であって、この認定を左右するに足る証拠はない。

右認定によれば、原告は、要するに、田鶴に対する債権の代物弁済として本件各証券の交付を受けたものというべきである。

しこうして、≪証拠省略≫によれば、本件各証券は無記名証券であり、約款において、その譲渡の方式につき特別の定めをしていないから、原告が田鶴から本証券を取得する当時、田鶴が本件各証券の真正な権利者(正確にいうならば本件各証券に表象されている投資信託受益権の真正な権利者)であれば、原告もまた真正な権利者となり、被告は原告の本訴による買取請求に応じなければならない筋合となる。かりに、田鶴が本件各証券の真正な権利者ではなく、いわゆる無権利者であるとしても(本件各証券は無記名証券ではあるが、商法五一九条によって準用される小切手法二一条が適用され、民法一九二条は適用がないと解する)、原告が本件各証券を取得する当時田鶴が無権利者であることを原告が知っていたかまたはこれを知らざるにつき重大な過失がない限り、原告は証券上の権利を取得したことになり、前同様被告は原告の買取請求に応ずべきことになる。よって、まず田鶴が無権利者であったかどうかにつき順次判断する。

二、別紙目録(一)の証券について

(一)  田鶴が無権利者かどうかについて

原告が前認定のように無記名証券である別紙目録(一)の各証券を田鶴から代物弁済を原因として交付を受けたことが認められる以上田鶴が無権利者であること、原告に右の点につき悪意または重大な過失があることについては、被告に主張、立証責任があるものと解すのが公平である。しかるに被告は、田鶴が何故に無権利者であるかについては明確な主張をしていない。しかし、被告が抗弁の項で、田鶴は本件(一)の各証券を被告から買受けて、被告に保護預りとして預けておいたが、その預り証を既に他人に交付して自らは所持していないにも拘らず、当時被告会社の職員であった金森茂に「預り証はすぐ返すから受益証券を渡して欲しい」と申し向けてこれを詐取したものである旨主張していることに徴すると、被告はかかる事実の故に田鶴が無権利者であると主張するものと解せられる。しかし田鶴が預り証と引換えでなく被告の職員を欺して証券の返還を受けたという事実は、これをもって、田鶴が無権利者であるという理由にはならない。けだし被告の右主張によれば、保護預りした時点においては、田鶴が右証券の権利者であることを自認していることになるからである。そして被告が真正な権利者であり、真正な預け人である田鶴に保護預りにかかる証券を返還交付した以上、たとえ預り証と引換でなく交付した場合でも、田鶴の受益権自体に消長を来たす謂われないのはもちろん、その証券自体を田鶴が被告に返還すべき義務も生じないと解する。

このことは保護預りの場合の預り証なるものが本券の引換請求権を化体する有価証券ではなく、預け人を確知するための免責証券に過ぎないことから生ずる当然の帰結である(なお、被告は本件の場合の預り証が通常の場合の預り証と性質が異なるものとは主張していない。)。

しこうして、被告は田鶴が無権利者であることについては右以外に何らの主張をしていないのであるから、本件においては、少くとも原告に対する関係においては田鶴を権利者であったものとして取り扱うの外なく、被告の悪意の抗弁も、別紙目録(一)の証券に関する限り理由がないことになる。

(二)  約款三六条三項の抗弁について

前段で説明したように、田鶴は被告の職員をごまかして預り証と引換えでなく証券を受領したとはいえ(ごまかされた職員金森茂も任務違反であり、被告も使用者として監督不十分であることは、原告訴訟代理人の主張するとおりである。)、前に説示したように被告の主張自体からして、とにかく田鶴はもともと受益権の真正な権利者であり、証券の預け人であったのであるから、田鶴はその返還を受けた別紙目録(一)の証券について権利者として処分権を持っていたことには変りがない。原告はその田鶴から適法に取引によって右証券の交付を受けたのであるから、原告もまた受益権の権利者であり、証券の権利者であると認めるべきである。しかるに、被告は、原告の買取請求に対して約款三六条三項の「やむを得ない事情があるとき」に該当すると主張するが、当裁判所は本件の場合は、これに該当しないものと解する。もし、かかる場合をも「やむを得ない事情あるとき」に当るものとすれば、預り証と引換でなく返還したという被告会社の重大な過失の故に証券の承継取得者が損害を蒙ることになって甚だしく公平の理念に反することになるからである。そしてこの結論は田鶴において預り証と引換えでなく証券の返還を受けた事実をよしんば原告が何らかの事由で知っていても、同様である。

三、別紙目録(二)、(三)の各証券について

(一)  田鶴の証券取得について

≪証拠省略≫を総合すると、被告が抗弁一、の(2)で主張するとおり、本件(二)、(三)の各証券の権利者は田鶴ではなく、被告が他の顧客から保護預りで保管中のものであったところ、田鶴が前記被告会社の職員金森茂に対し、「直ぐに返すから」と言って借用方を申込み、金森もこれに応じて田鶴に交付したものであることが認められる。

右事実によれば、田鶴は証券の権利者でないことが明らかである。しかし前認定のとおり、原告は右各証券を代物弁済によって田鶴から交付を受けたのであるから、もし、原告がその取得当時悪意または重大な過失なく田鶴から右各証券の交付を受けたものとすれば、原告が真正な権利者となる反面、真正な権利者である前記顧客は証券上の権利(投資信託受益権)を失い、従って保護預りに基く被告に対する証券の返還請求権をも喪失することになる。この場合、被告は原告の買取請求に応ずべき義務があるとともに、右顧客は、田鶴および被告に対し損害賠償請求権を持つことになる。しかし、この場合でも約款三六条三項の「やむを得ない事情あるとき」は当らないものと解する。しかし、原告に悪意または重大な過失があるときは、原告は証券に表象される権利(受益権)を取得しないから、被告に対する関係では、約款三六条三項の規定の有無に拘らず、買取請求権を有せず、原告は証券を受益権の真正な権利者に返還する義務があることになる。そこで別紙目録(二)、(三)の証券については、被告の抗弁二における「悪意の抗弁」の当否を判断しなければならない。

(二)  悪意の抗弁について

被告は原告が別紙目録(二)、(三)の各証券を田鶴から取得した当時、田鶴が真正な権利者でないことを知っていた旨主張し、種々立証に努めたが、当裁判所の心証としては、この点については結局、証拠が十分ではないと考える。この点に関する被告の細部的な主張、証拠心証の関係は以下記載するとおりである。

(1)  昭和三九年一月一五日頃、原告の弟訴外平石紀夫のアパートに原告および弟平石紀夫を含めて田鶴の債権者が集まって当時多額の債務を負いながら所在不明になっていた田鶴の行方を探す協議が行われたことは、≪証拠省略≫によって認めることができる。しかしながら、証人金森茂は被告会社が田鶴によって証券を多数詐取されたことをその席で皆に告げた旨供述するが、右証言は、≪証拠省略≫に照らし、たやすく信用するわけにいかず、訴外金森茂から一月二三日頃、右会議の発言を聞いたという≪証拠省略≫も前記証拠に照らし採用しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  次に同年一月二七日、訴外平石紀夫、同大和多助他一名が被告会社名古屋支社に赴き「預り証が沢山あるから買取ってくれ」と申し込んできたので、支社長玉置玄一が田鶴の詐取の件を説明した旨被告は主張し、≪証拠省略≫はいずれも右主張に符合する。しかし、訴外大和多助は当日、被告支社より距離的に離れている自宅において田鶴および原告と会っていることが≪証拠省略≫によって認められ、また平石紀夫が一月下旬、被告会社に他の債権者(福井および佐藤某)と行ったことについては≪証拠省略≫によって認めることができるが、その用件は本件とは関係のないことのためであったことも右証拠および弁論の全趣旨より認めることもできる。これらの事実や後に挙げた各証拠は、信用できない。

(3)  被告は同年一月二八日訴外平石紀夫が被告会社に電話をしてきた際、支社長玉置から田鶴の詐取の件を告げたと主張し、≪証拠省略≫は右主張に符合するけれども、右各証拠は≪証拠省略≫に照らして軽々に信用できない。

(4)  被告は同年一月三一日訴外大和多助、同平石紀夫が被告会社に来た際、田鶴の前記詐取の事情を告げた旨主張し、≪証拠省略≫はこれに符合し、さらに証人大和多助も一部これに副う供述をしているが、≪証拠省略≫によれば、平石紀夫と大和多助が被告会社に一緒に本件証券を田鶴より代物弁済を原因として取得した後である二月四日以降二回程行った事実が認められ、この事実と≪証拠省略≫とに照らすと、被告主張に合致する右各証拠は、にわかには措信しがたく他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(5)  以上のように、原告が別紙目録(二)、(三)の証券を取得した当時、田鶴が無権利者であったことにつき悪意であった旨の被告主張は本件全証拠によるもこれを認めるに十分ではない。したがって、原告は(二)、(三)の証券についても有効にその権利を取得したものというべきである。

それ故、被告は別紙目録(二)、(三)の各証券についても原告の買取請求に応ずべき義務があることになる。

四、むすび

以上の認定説示のとおり、本件(一)、(二)、(三)の各証券については原告が権利者であるところ、原告が本訴をもって被告に対し本件各証券の買取の意思表示をなし、右訴状が被告に昭和四〇年二月二六日送達されたことは記録上明らかである。したがって、本件証券の約款三六条により右同日原、被告間で本件各証券の売買が成立したことになる。そして原告主張の買受代金、配当総額については当事者間に争いがない。したがって、原告の請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東秀郎)

〈以下省略〉

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